本当はこれで終わりにしたかったのですが、いざ書いてみたら救いようがないし、書き終わるとこのふたりをハッピーにしたくなってでもその方法が思い浮かばなくて、とりあえずこっちに…。
こういうのは受け入れられるのかなあ。
反応がこわかったのでこっそりおかせてください(笑)
続きが思いつけば書きたいなあと思ってます。
長いけど終わり方も中途半端だしハッピーでもないので、読まれる方はご注意を!
Attention!
・終わり方が中途半端
・ちょっと不思議系かも
・土沖だけど要素は低い
・沖田が囚人
・萌えないごみ
暇つぶし程度にどうぞー!
Act.1
沖田は高いフェンスに囲まれた庭をとぼとぼと歩いて周回すると、何気無い様を装い本棚が立ち並ぶ図書室へと入っていった。
一番奥の左側、上から三段目の棚にある誰も手を付けなさそうな分厚い本を抜き取る。
沖田の青い目が警戒するように左右を窺う。誰にも見られていないことを確認した沖田は、ペラペラとページを捲って131ページを開いた。
そこに1枚の紙が挟まれていた。たった一言だけ書いてある。
『俺は梅だな』
「へえ」
小さく沖田は呟いた。
わりと渋い趣味だと口角を上げて、顔も名前も知らぬ男の情報をまたひとつ得る。
隠し持っている小さな鉛筆で沖田はこっそりと返事を書いた。
『意外と渋いな。ちなみに俺はシロツメグサが好きでィ』
同じページに紙を挟むとそのままパタンと本を閉じて、沖田は図書室を出た。
次はどんなことが書かれているだろうかと顔には出さず期待する。
沖田は、囚人である。
規律ばかりの変化のない生活の中で、本を介して交わす会話が沖田の中で唯一揺らめく変化だった。
131ページに挟んだ紙でやり取りをしよう、というやり取りを特段交わしたわけではない。その証拠に沖田は相手の顔を知らない。
初めはただの気まぐれだった。
外で空を眺めるのも人を眺めるのも飽き、刑罰を待つだけの毎日にも飽きた中で、ふと立ち寄った図書室。本を読む囚人の為に解放されているが、生憎そんな趣味を持ち合わせていない沖田にとっては今まで敬遠していた場所であった。
奥まで歩き棚にある本を適当に手に取る。少しでも時間潰しになるようなことが書いてあるだろうかとペラペラと本を捲り、しかし隙間なく埋め尽くされている文字の羅列にそんな気持ちは早々に霧散した。
(………?)
ページを捲っていると131ページに栞が挟まっていた。
こんなモノを100ページ以上も読んだ奴がいるのかと沖田はちょっと呆れ、そしてその真っ白な栞をふと眺めた。キョロキョロと辺りを見渡し、窓から見えた高い空に流れる雲を見つけ、偶然ポケットに隠し持っていた鉛筆で栞に一言書く。
『肉まんが食いたい』
それだけ書くと何をやっているのやらと本を戻してその場を後にした。
暫く経ってまた図書室に来た時、その本を開いたのは前に挟んだ栞がまだあるのだろうかと思っただけだ。
131ページに栞がある。
けれど書かれた言葉が違う。
新しい栞に、一言こう書かれていた。
『食い意地がはっているな。今はもう春だぜ?』
沖田はひとつ目を瞬いた。
目の前にある鉄格子。冷たい無機質なコンクリートの部屋。小さな、小さな、
「沖田、食事だ」
死ぬまで過ごす世界の中で、秘密のやり取りは沖田に日々の流れを感じさせてくれる。
せめて俺が死ぬまで続けばいいと心の中で呟いて、月の光の中で冷めたスープを沖田は飲む。ひたすら待つのは刑が執行される日。
沖田は死刑囚だった。
Act.2
失敗した。やっちまった。
未だ癒えぬ口内の傷口に顔を引き吊らせつつ、沖田は小さくため息を付いた。
食堂で喧嘩を吹っ掛けられつい乗ってしまい、1週間牢屋から出ることを禁止された沖田だった。
自由時間に気儘に出歩くことも出来ず、やることも見るものもなにもない。小さな世界がさらに狭まる。
時間の経過を知るのは同じ時間に運ばれてくる飯だけだった。
ここは何もかもが時間に縛られている。機械のように正確で、無機質だ。たまに人間でいることも忘れる。
(いつもと変わんねェよ)
膝を抱えて沖田は強がった。
暴れて罰せられるのは何も今に始まったことではない。これまでに何度もあった。自分で言うのも何だが問題児なのだから、今更。
けれど何故かポッカリと心の中に穴が開いたような気がして、沖田は落ち着かなかった。
この部屋はこんなに暗いものだっただろうか、こんなに静かだっただろうか。
視界の端の闇の中で、モゾリと何かが蠢くような、そんな気配がした。けれど見ても何もいない。
闇に飲まれた場所全てが不気味に感じて沖田は抱えた膝に頭を沈めた。
(これはなんだ…)
この気味の悪い寒けはなんだ。
いや、これは覚えがある。
これは、そうだ、姉を失ってから感じた、
「沖田、飯だ」
時を告げる看守が言って、隙間からトレーを差し入れてきた。
沖田は顔を上げ、立ち上がる。
沖田が動けば暗闇の中で蠢くそれがぞぞぞと離れたが、まだ近くにいて様子を窺っているようだった。
トレーを受け取り気付いた。食器に押さえ付けられて一枚の紙があった。
なんだ?と看守を見上げるが、深く帽子を被った看守は冷たく沖田を見下ろしただけで何も言わず行ってしまった。
カンカンカンと足音が遠ざかっていく。
沖田は4つに折り畳まれた手紙を広げた。見慣れた文字が並んでいて、驚きで目を瞠る。
それは紛れもなく、本の栞で話をした男の文字だった。沖田は釘付けになって呼んだ。驚いたか?という言葉でそれは始まっていた。
『テメーが馬鹿なことをやったからこんな形にしてみた
いきなりで驚いただろう。お前の目が丸くなってりゃ俺としてはしてやったりだ
何故直接届いたのか不思議だろ?
実は前に偶然テメーが本の栞に文字を書いているのを目撃しちまってな。覚えやすい顔立ちだからお前の名前もどの牢屋に入れられているのかもすぐ覚えちまった
ああ、飯を持ってきた看守がいるだろう。あれは俺の知り合いだ。昼飯を奢るって言えば簡単に協力してくれたんだ
もし手紙を返したいならば食器を返す時にトレーに紙を置いておけ。ソイツが俺に渡す手筈となっている
勿論昼飯と引き換えにな。
PS
好きな花はなんだと聞いてきたのはお前が初めてだ
俺を渋いって言っていたが、俺は年寄りじゃねぇぞ』
一言ではない、連なった文字。自分だけに向けられた言葉。
それは沖田が此処に入ってきて初めてのものだった。
いつも有象無象の中のひとつでしかなかった。囚人、犯罪者、そのくくりでしかなかった。
(………)
じんわりと広がる何か。
机の上にあったノートを一枚千切ると、沖田は小さな鉛筆で返事の文字を書き殴った。
机にかじりつく沖田を静かに月が照らす。
暗闇で蠢いていた寂しいという感情はいつの間にか消えていた。
Act.3
小さな少年が居た。
まだ何も知らないような無垢な目をしていて、話し掛けてくる人間は大抵少年より背が高かったからその度にクリクリした大きな青い目で少年は声のするほうを見上げていた。
親は居なかったが柔らかく笑う姉が居て、少年は幸せだった。
総ちゃんと呼ぶ姉はいつも春の匂いがした。
少年は姉と野原でよく遊んだ。
シロツメグサの中の四葉を探すのが好きだった。
まるで自分のようだと思ったからだ。
姉のミツバに囲まれて育った自分は、嬉しくて一枚葉を増やして幸せを現すのだ。
しかしその幸せも一瞬だった。
病気になった姉は死んだ。
医者と名乗る奴の薬を飲んで、この世を去った。
幸せしか知らなかった少年の目は一瞬で憎悪に染まった。
沖田はそっと目を開いた。
ジャラリと鳴る鎖の音が耳に冷たく響く。
部屋に入る前に手錠を外され、そっと開かれた扉の向こうには、見たくもない顔があった。
こっちを見ながらニヤニヤと下品な笑みを浮かべ頬杖を付いている。
分厚い壁がなければ迷わず飛び掛かっただろう。そう思うと透明な壁が憎くもあり惜しくもある。
誰にも会いたいと思わない、会う人間もいない。面会など必要ないのだから透明な壁などあの部屋と同じ様にコンクリートで固めてしまえばいい。
ドア口で目の前の相手を睨み付けていたが、看守に促されて沖田は渋々面会口の前に置いてあるパイプ椅子に座った。ギシリと軋む。睨む沖田を見て目の前の男は嬉しそうにますます目を細めた。
「いい眺めだなあ沖田」
高杉がククッと喉を震わせて笑う。やけに耳に残って沖田は眉を寄せた。
片目の奥がぞっとするほど暗い。本当はその目も潰してやるつもりだった。改めて顔を見ると尚更あともう少しだったのにと惜しく思う。
「なんの用件でィ。俺の顔を見る暇があったらもっと他にやることがあるんじゃねェの?」
「ああ、そうだな。お前に組織を潰されたおかげで俺たちは路頭に迷ってるよ」
「そりゃあよかった」
沖田はあの日から光を失った暗い目で低く笑った。
沖田は高杉に恨みを持っていた。高杉は組織が沖田に売ったのが偽金の薬だと知りつつも、その事実をミツバが死ぬまで黙っていた。組織そのものが憎い沖田にとって、組織に属する者、加担する者、傍観する者すべてが敵だった。
敵の幹部は皆、殺した。
組みする者も数えきれないほど手にかけた。
高杉のように残党が残っているのが心残りだが、組織が死んで区切りはついた。沖田の戦いは終わったのだ。
空虚しかない現実の中で沖田はその事実を拠り所としている。
「俺たちは終わった……ってーのが1カ月前にお前にしようとした報告だ」
不穏な言葉を吐き高杉は俯くと肩を震わせた。
沖田はぴたりと息を止めた。
高杉の目が鈍く鋭い色を見せる。
チシャ猫のようににやっと笑みを乗せて、目の前の男は歌うように囁くように両手を広げて言う。
「組織は生きかえった。残ったやつらで再編した。前ほど規模はデカくねえがやってることはお前が潰した組織と何も変わっちゃいねえ。こうしている間にもどっかで騙された可哀想な人間がいるってことだ。沖田、テメーみたいにな」
組織は死んだ。
そう思っていた沖田の拠り所がぐちゃぐちゃ歪んで崩れた瞬間だった。
硝子玉のようになった目を見て高杉はくくっと咽を鳴らすと、ギシリと立ち上がった。
「そうそう、ひとつ言い忘れていた」
出口に向かっていた高杉はふと足を止めて、肩越しに放心状態の沖田を見る。
「偽の薬を売って病院にも行けないような奴らから金を取ればいいって組織に提案を出したのは、俺だ」
「!」
「まさかそんな分かりきった手口に騙される奴が居るとは思わなかったけどな。ほんと、救いようがねえよ」
ガタンッと立ち上がり椅子を掴んで沖田は力の限りそれを高杉に叩き付けた。しかし大きな音を立ててそれは目の前の透明な壁に阻まれる。
高杉は、笑っていた。憎しみに染まった沖田を見て可笑しそうに笑っていた。
「殺してやるっ」
慌てて飛び込んで来たふたりの警官に地面に押さえつけられても射殺しそうな目を高杉に向けたまま、沖田は今にも掴み掛かりそうな勢いで暴れる。
「殺してやる! 殺してやる! 高杉ッ!!」
血反吐なような声を吐き地面に這い蹲った沖田を見下ろして高杉はせせら笑う。
足を進めて出口の扉を開ける。そのまま振り向くこともなく光の中へと消えていった。
バタンと、扉が閉まる無機質な音が響く。
沖田は目の前が赤く染まり、しかし雁字搦めにされた体ではどうすることも出来ず、憎しみと悔しさで声が出なかった。
ガシャン。
戻ったのは無機質な世界。コンクリートに囲まれた四角い部屋。
一体、俺はどうしてこんなところに居るのだろう。
俺がやってきたことはなんだったのだろう。
自分を騙し姉を死に追いやった人間を葬ることを支えに生きてきた。
組織を潰して仇を討ったのだと思っていた、あれは一体なんだったのだろう。
「だから俺は甘ちゃんだっていうんだ」
呟けばもう笑うしかなかった。肩を震わせて笑う。滑稽なのか怒りなのかそれさえも分からなかった。
そうして横をふと見やると、食事のトレーが置かれていたことに気付いた。目を凝らしてみれば、食事が盛られた食器に隠れて手紙が置いてある。
沖田はそれを手に取り広げた。
栞から手紙に代わりやり取りするようになって、もう暫く経つ。いつもはそれなりに何行かに渡っている文が何故か今回はたった一行だった。目に飛び込んでくる一言。
『約束だ。俺はお前に嘘をつかない』
「…なんでィ、それ…」
沖田は小さく肩を震わせて呟いた。
疑わず信じ裏切られ姉を失くした沖田にとって信じるというのは何よりも愚かなことである。その行為ほど恐ろしいものはない。
「信じられるわけねェよ」
肩を震わせて俯いた沖田は口元に笑みを乗せていたが、やがてそれも歪み、手紙をぐちゃっと拳で握り潰すと胸に抱えて嗚咽を漏らした。
ぽたぽたと床に涙が落ちて、どうしようもなく歯痒くて仕方がなかった。
「姉ちゃん、ごめん…」
声を落とすとただただもう息が詰まるぐらい悔しかった。
<続>