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Yunoha
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囚人の続きです。
長いので暇つぶし程度にどうぞー。


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*******


Attention!

・終わり方が中途半端
・ちょっと不思議系かも
・土沖だけど要素は低い
・沖田が囚人
・萌えないごみ


暇つぶし程度にどうぞー!


 




Act.4
 誰からも忘れられたような場所でも彼女となら胸を張って生きていけた。
 けれどある日、ミツバは倒れた。元々体が弱く病持ちだったのだけれど、健気に笑って大丈夫と言われ続けて沖田はそれを信じきっていた。
 再発したそれは確実に姉の体力を奪っていき、沖田は弱っていく姉を見ることしか出来ない。
 病院に行けるお金などどこにもなかった。沖田は己の無力さを悔いた。

 そんな折、男と出会った。医者だと言う。

「私が診察をしてあげよう」

 口元に笑みを乗せて言われた言葉は沖田の中でパッと輝いた。

「本当?!」

 藁にもすがる思いので沖田は声を弾ませた。
 男は頷く。
 姉の症状を2・3聞くとポケットから小瓶に入った飲み薬を取り出した。

 これをすぐお姉ちゃんに飲ませてあげるといい。けれど残念ながらタダというわけにはいかない。私も生きていかなければならないからね。

 いくら?と問えば男は金を要求した。それは決して安くはなかった。しかし姉が元気になるならと沖田は急いで家に帰って金を掴むと男に渡した。
 代わりに貰った薬を、沖田は姉に飲ませた。無くなると男の元に通い薬を手に入れた。姉に飲ます。無くなる。男の元に走るの繰り返し。
 やがて金も尽きた頃、懸命な沖田の看病も虚しくミツバはこの世を去った。

 生きる意味を失い路頭をさ迷っていると路地裏でふと四葉を見つけた。雨の降る日だった。
 コンクリートの割れ目から生えた四葉を沖田は見つめた。
 灰色の空の下で雨に打たれよれよれとしているそれは、ひどく薄汚れて見えた。幸せとは程遠い姿。

(汚い…)

 引き千切ろうと沖田が手を伸ばす。すると後ろから声がかかった。
 振り向くと傘を差していない酔狂な片目の男がにたりと笑っていた。

「医者から貰った薬は効いたか?」

 何もかもを知っていると言わんばかりの声で男は囁く。

 効いたか? 効くわけねーよな。

 死神のような男が可笑しくてたまらないとばかりに肩を震わせて高杉は言う。

 だってアレはただの水だからなあ。

 沖田を地獄へと突き落とす。




 沖田は立てた膝に頭を埋めた。何処からか響く人の声も不協和音だ。聞きたくもない

「…た。沖田!」

 呼び声にチラリと視線を向けると、看守がこっちを睨んでいた。ガタリとトレーを置く。

「沖田、メシだ」
「なァ、俺っていつ死刑になるんでィ?」

 食事が盛られたトレーには目も向けず沖田は看守に問うたが、看守はさあなとだけ言って去っていった。
 沖田は立ち上がるとトレーに手を伸ばす。
 食器の下にある四つ折の紙を手に取った。開くと何行かに渡って文字が連なっている。ざっと視線で追ってから沖田は机に視線を向けた。
 机の上には、同じような紙が散らばっている。あの男からの物だ。顔も知らない男とのやり取りはまだ続いていた。高杉と面会してから沖田は返事を書いていなかったが、それでも男からの手紙が途絶えることはなかった。一方的な手紙は、机の上に溢れている。
 沖田は机に向かうとノートを千切り文字を書いた。

 看守と知り合いだと言った時に気付いていた。いくら看守と仲が良いといっても、囚人では看守に手紙を運ぶように頼めるのは難しい。ということは手紙の男も警察であることが容易に想像出来た。
 たった一行だけ沖田は書く。

『知っていたら教えてくれ
 なあ、俺はいつになったら死刑になるんだ?』

 それだけ書いて立ち上がり、くしゃくしゃに紙を丸めて捨てるようにトレーの上に転がした。
 裏切られるのはもうたくさんだ。
 生きることが辛かった。


 暫くして男から手紙がきた。
 いつお前の刑が執行されるかは分からない。だがそう遠くないことは確かだ。
 そう、淡々とした文字が連なっていた。

「ほんと正直に言いやがる」

 小さく笑ってため息を吐いた。廊下の明かりに手紙を翳しぼんやりとする。
 その時、気付いた。薄く文字が書いてあるのだ。
 鉄格子に近付き廊下の灯りに手紙を透かしてみると、強く書いた文字を消したようでうっすらと筆跡が残っていた。
 なぞるように沖田は読む。
 こう、書いていた。

 総悟、一緒に逃げないか?




Act.5
 出来るわけがない。嘘に決まっている。ただの暇潰しだ。信じるな。
 何度も言い聞かせ、ギュッと自分の腕を抱き沖田は部屋の隅で丸まっていた。
 今まで自分を求める人など姉以外に誰もいなかった。そしてこれからも居ない。居ないまま死んでいく。それが正しいはずである。それなのに。
 伏せていた顔を上げてチラリと机を見ると、机上には紙が散乱していた。その中に、一緒に逃げないかと問いかけてくる紙もある。
 目を細めて沖田は腕の中に顔を隠した。
 無条件で差し伸ばされるその手がただただ怖かった。

 そして、膝を抱えているうちに沖田の刑が執行される日が決まった。



 無法地帯が多いこの国で犯罪者の数は増加の一途を辿っている。残忍な人間はそこら辺にはびこい、その処分に困っている国は大半を死刑とし刑の執行も手早い。

 最早絶望しか残っていない沖田にとってそれは何よりの救いだった。
 早く、早く来いと切に願う。
 けれど何故だろう、どこか後ろ髪を引かれるような気持ちもあった。
 鉄格子から見える切り取られた空を見る。雑念を振り払う。
 姉ちゃんが死んだ時から組織を潰すことだけが希望だったのだ。それが途切れた今この世の未練なんてある筈がない。
 沖田は窓から机上へと視線を転じると、ボロい机の上にいくつもの紙切れが無造作に置いてある。刑務所に入ってから知り合った顔も知らない人間。関係は死刑囚と警察官だと言うのにやり取りする話題はなんてことはない日常会話がほとんどだ。嘘はつかない、信じろ、逃げようとも言った酔狂な奴だ。
 今なら分かる、総悟はこの男から来る便りを何よりも楽しみにしていた。

 逃げようという言葉が強く沖田を揺さぶっていたが、総悟は振り払うようにフルフルと頭を振った。
 一度だけ会ってみたかったと思う。
 けれどそれも無理な話だ。
 だから沖田は最後の手紙を書いた。高杉以降返していなかった、けれど相手からは絶えることなく届いていた手紙の返事を書き殴った。食器に手紙を隠し、沖田は息をついた。後はこれを男の知り合いだと言う看守に渡すだけだ。

(ほんと、変な野郎だったぜィ)

 沖田は鉄格子の前に立って看守を待った。
 やがて現れたいつもの看守は総悟より少し背が高いスラッとした男だった。深く被った帽子からチラリと見える目が恐ろしいほど冷たい色をしている。

「お願いがありやす」

 総悟は手紙を隠したトレーをカンカンッと叩いた。
 仮にもこの部屋を任されている看守だ。俺の執行日も知っているに違いないと踏むが、看守があまりにも無表情でよく分からなかった。
 まあそれでもいいかと総悟は口角を上げる。

「この手紙、今日の3時まで渡さないでほしいんでさァ」
「…………」
「そうじゃねェと手紙の内容と違ってくるんでお願いしまさァ」

 看守は、じっとこっちを見ていたがやがてそのまま何も言わずトレーを持って行ってしまった。

「変な奴でィ」

 肩を竦ませ、沖田は少しだけ笑った。
 やることはやった。あとは手紙が3時以降に届くことを祈るばかりだ。
 沖田はまた切り取られた空を見上げ静かに佇んだ。

 本日午後3時、沖田の刑は執行される。




Act.6
 ジャラジャラと手錠を鳴らし歩けば、その音が世界の終わりへと導く気がした。
 あと何回この金属音がなれば自分は消えるのだろう。ああやっぱり高杉は殺っておけばよかった。
 今になっても案外思い浮かぶ言葉もなくて、そんなに未練がないのかもしれないと思って笑う。

「手紙は3時以降にお願いしやすよ」

 前を歩き先導する看守にそう話しかけるが、返事は無言だった。やっぱり変わってらァと沖田は肩を竦める。
 牢から出た沖田は今看守に連れられて死刑室へと歩いていた。そこに待っているのが電気椅子なのか死刑台なのかは分からないが、それが死と直結するという事実に変わりはなく方法など沖田はどうでもよかった。
 やがてひとつの扉の前に着いて、看守がガチャリとドアノブを回す。

「入れ」

 言われて入ったそこは何も置かれていない小さな部屋だった。

「少しここで待っていろ」

 それだけ言って看守は出て行った。
 沖田はぐるりと部屋を見渡し、何もない部屋の片隅に腰を下し膝を抱えた。随分上にある鉄格子から空が見えて、平凡な雀の声が聞こえてくる。

(俺は姉ちゃんと一緒のところには行けねェな)

 優しい姉の居る所に行くにはこの手は汚れすぎた。拭っても取れないそれが己を破滅に導くのは百も承知で、けれどやらずにはいられなかった。
 沖田は何人も殺めた手を掲げた。
 その手をじっと見ていると、ふと今になって思い出したことがあった。
 遠い記憶のことだ。昔誰かに手を引っ張られて逃げたことがあった。
 思い出すのは小さな自分とその手を引っ張って逃げる誰かの後ろ姿。震える言葉。クローバー畑。小指を立て、結ぶ約束。
 しかしそれ以上思い出すのは不可能だった。思い出すにはあまりにも埋もれすぎてあやふやだ。

(そういえば)

 約束でふとあの男のことを思い出した。
 約束だと言った。嘘はつかないと言った男。死刑囚の自分と対等に扱い、言葉を投げ、そして信じろと言った名前も顔も知らない男。

(何が嘘をつかないでィ。やっぱり嘘つきじゃねーか)

 一緒に逃げようと言っていたが、現に沖田はもうあと少しで終わりを迎える。嘘をつかないと言ったのだから、出来ない約束はするべきではなかったのだと思って総悟は薄く笑う。
 慰めで言ったのも出来やしないから消したのも分かっている。分かってはいたが、何故だろう、ほんの少し期待していたと言えば嘘になるかもしれない。


 ガシャンッ。
 蹲っていた沖田の耳に突如何かが派手に倒れる音が聞こえた。驚いて身構えると扉の向こうから人の呻き声と怒声が聞こえる。
 脱走者でも出たのだろうか。いやそれにしては静かだ。脱走者が居たならもっとサイレンが鳴り響き騒々しいだろう。
 沖田の耳に言葉が蘇る。

『総悟、一緒に逃げないか?』

(まさかアイツが…?)

 ガシャン、バタンと暴れる音が暫く続いていたが、やがてそれが止むと恐ろしいほどひっそりと静まり返った。
 ごくりと唾を飲む沖田の耳に、キィとドアの軋む音が響いてゆっくりと扉が開く。

 姿を見せたのは、あの看守だった。
 いつも被っている帽子が脱げ、殴られたのか頬が少し腫れている。唇が切れているらしくグイッと乱暴に口を拭った。

「今のはなんでさ…」

 ふと扉の向こうを見ると、別の看守が倒れていた。それを見て沖田は息を飲む。
 あの手紙の男だ。約束通り本当に来て、そして助け出そうとしてやられたのだと状況を見て直感的に沖田は思った。

「はは、馬鹿じゃねェの…」

 沖田は震えた声で笑った。

「あの男が襲ってきたんですかィ? 実は俺が頼んだんでさァ。アイツと手紙をやり取りしているのを知っていたアンタなら分かるでしょ。俺が脱獄を頼んで、成功したら隠しておいた金をやる手筈だったんでさァ」

 このままではいけない。このままではあの男は罪に問われてしまう。
 そう思った総悟は嘘を重ねた。なんとかそう差し向けた実行犯は自分だと思いこませたかった。
 あとはもう死ぬだけだ。だったらどんな罪でもなんでも背負い込んでやる。

 震える声をなんとか気丈に奮い立たせ、沖田は男を弁護する言葉を吐いた。チラリと目で倒れた男を見ながら、なんとか立ち上がりそのまま逃げてくれと切に願う。

 起きろ起きろ起きろ起きろ!

 沖田の祈りが通じた。倒れた男がううとうめき声を出し意識を取り戻した。
 ホッとしたのもつかの間、気付いた看守がふと男を見下ろし容赦なく腹に蹴りを入れ失神させる。
 再び息を飲む沖田を余所に、看守はどこまでも無表情だった。帽子が取れて顔が初めて光の下に照らされたが、瞳が驚くほど暗く鋭かった。
 看守は沖田に視線を転じると、ツカツカと歩み寄り強引にその手を掴んだ。

「邪魔が入った」

 それだけ言って扉の外を出るその手を取り闊歩する。沖田は連れて行かれるままされるがままだ。

「なァさっきの男はどうするんでィ?!」
「……………」
「アンタの友達だろ?! 処分なんかねェよな!」
「……………」

 男は何も言わない。
 セキュリティロックされた扉を看守のIDで潜りそのまま行き止まりまで来ると、壁の色と同化した扉を開ける。扉の向こうは上へと上がる階段が続いていた。

「行け」

 男はそれだけ言う。
 死刑台への階段だろうかと戸惑う沖田の背をグッと押し、看守は強く言った。

「行け。非常口だ。そこを昇れば地上へ出る」
「え」
「行け」
「なんで…」

 男が口を開いた。しかしそれを遮るようにけたたましくサイレンが鳴る。
 いくつもの足音がこっちへ近付いてくるのが分かった。看守はチッと舌打ちをすると、沖田を庇うように背を向ける。背を向けたまま言った。

「行け、総悟。手紙に書いてあっただろう」
「……まさか…」
「逃げよう。俺は嘘はつかない」

 はっと総悟が口を開けると看守が開いた扉を勢いよく締めた。
 非常用の扉とだけあって、それは重い。ガチャリと鍵を閉めると看守である土方はにやりと口の端を上げた。これでもう大丈夫だ。
 やがてだんだんと近付いてきた足音がすぐそこまで迫ってきて、先頭を切った後輩である山崎が手前で止まると震えた声を出した。

「土方さんどうしてですか…。死刑囚を庇っても良いことなんて何もありませんよ!」
「死刑囚、ね」

 振り返った土方は不敵な笑みを乗せて、腰に差していた拳銃を構えた。

「俺はただ約束を守っただけだぜ」




 手を引っ張られて逃げる。
 借金取りだという男たちから逃げていた。
 呆然と立ち尽くす総悟の手を引っ張ってくれたのは、クローバー畑で知り合い時たま一緒に遊んでいた少年だった。
 血の繋がりもない父は、酒とギャンブルに浸っていた。総悟もよく父の癇癪にあい巻き添えを食らって殴られた。
 いつものことなので総悟は特に気にしなかったのだが、この少年はそんな総悟を見て自分が痛そうに顔を歪めていた。
 少年は総悟よりも総悟の痛みを分かっていた。
 そんな少年に手を引かれ逃げ伸びた先はいつものクローバー畑だった。少年は未だに切れている息のまま総悟に向き直ると、怒った口調で言った。

「なんで逃げようとしなかったんだ!」
「そんなこと言われたっていつものことだし」
「いつもあんな連中に追われているのか」
「そうだよ」
「なんだってお前はそう…」

 悔しそうに少年が唇を噛む。
 総悟は今朝父親に踏まれた手を見てぼんやりとした。

「アイツらに捕まって死んでも、生きて痛いなら結局同じだ」

 少年は暫く俯いていたが、再び顔を上げると小指を一本立てて総悟に差しだした。

「約束だ。お前の回りがどれだけ嘘に塗れていようと、俺はお前に嘘をつかない。だからお前は前を向いて生きろ」
「…なんだよ、それ…」

 呆然と呟く総悟に強い目をした少年は続ける。

「もしそれでも辛いなら、」




「………」

 刑務所から逃げてどこをどう走ってきたのか、気付けば沖田は草が生い茂る空き地に居た。周りに建物もなく、足下にはクローバーの塊がある。
 あのクローバー畑ほどではないにしろ、それを見ていた沖田は奥底に沈んでいた記憶を思い出していた。

 手紙の相手はあの看守だったのだ。名前は確か土方といっていた気がする。だから名乗らなかったし、手紙を食器に紛れこませることも回収することも出来た。
 分かったからと言って、沖田はただ激しく流れた現実を整理することしか出来なかった。
 あまりにも早く、それは沖田の外で目まぐるしく変わり、沖田は手を引っ張られて駆けたにすぎない。

 総悟は、掴まれた手を見た。
 土方に掴まれた感触と記憶の中で少年に引っ張られた感触はひどく似ていた。
 思い出すといろんなことが溢れ返って、帽子を脱いだあの顔と少年の顔が酷似する。
 そうだ、アレはあの少年だったんじゃないだろうか。
 確証もない憶測だが、そう考え始めるとそうとしか思えなかった。
 思考の海にぐるぐると嵌る。
 ざぁぁぁと風が薙いだ。
 約束だと言った。
 なんと約束して小指を交わしたのだったか。

 佇む総悟の後ろで、人の気配がした。
 なんと約束したのだろう。
 嘘はつかない。
 だから生きろ。
 もしそれでも辛いなら、
 辛いなら、

(そうだ)

 記憶の端をなぞり、総悟はゆっくりと振り返った。
 背後には土方が立っていた。黒い服を着込んだ死神の姿を総悟はまあるい目で映す。
 土方が真っすぐと腕を持ち上げ総悟に向かって銃を構えた。
 総悟は昔交わした約束を思い出す。

 約束だ。
 俺は嘘をつかない。
 だから生きろ。
 もしそれでも辛いなら、



「もしそれでも辛いなら、俺が殺してやるよ」



嘘をつかない男





お疲れ様でした!

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