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迎えにきてください。
陽気な声でそう言われて、いいですよと言うほど俺は暇じゃない。だから素直に告げてやる。「嫌だ」
「テメーで帰ってこい。迷ったわけじゃねぇんだろ? 例え迷ったとしてもタクシーかなんか拾え。俺まだ仕事中だから」
『土方さんのいけずー』
「何がいけずだ、この酔っ払い」
『あり? 俺が酒を飲んでるってよく分かりやしたね』
「そりゃ不気味なくらい上機嫌だからな、お前」
『なんでィ。俺がいつもぶっきらぼうみたいに』
そう言って通話口の向こう側で総悟がケラケラと笑った。どうやら今日はいつも以上に飲んだらしく、声を弾ませてえらくご機嫌だ。そのまま鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気に、俺は恨めしくなる。仕事が立て込んでなきゃ、俺だって一緒に飲みたかった。
酔っ払いは人の気も知らずに嬉しそうに、土方さん、土方さんと俺の名前を呼んだ。
『早く迎えに来てくださいよ』
「だから仕事があるって言ってんだろ。タクシー乗る金がねえんなら屯所の前で払ってやるからとっとと帰ってこい」
『金はありやすよ。でもね、土方さん。俺は今すっごく幸せな気分なんでさァ』
そうだろうよ、と俺は内心でツッコミながら、筆を走らせる。携帯の通話口から総悟の言う幸せは漏れだして、さっきから俺の耳を擽って仕方がない。
だからね。
虫が鳴く夜の帳に、総悟の声が弾んだ。
「土方さんと今会ったら、俺は多分もっと幸せになるんだろうなって思ったんでさァ」
届いた声に、走らせていた筆が止まった。酔っ払いの戯言と分かっているのに、俺は吐き出された言葉を律儀に反芻して何度もなぞる。頭に沁み込んだ台詞に、投げやりなため息が出る。筆を置き、頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。反則って多分こういうことを言うんだ。
「分かったよ。行ってやるから場所を教えろ」
降参すると、向こう側で子どもがはしゃいだ。そうだよ、敗北だ。
がむしゃらに駆け抜けて暴れ回って時を重ねて、気付けばみんなで歩いた足跡が長い道になっていた。上京してきて、一体いくつの季節と出会ったのだろう。
なんだかんだ俺も結構良い歳で、総悟も堂々と居酒屋でがっつりと酒を飲むようになった。昔ほど好き勝手を言わなくなった総悟だが、だんだんと体が重くなってきた俺に対して「土方さんもついにおじさんの仲間入りですねィ」と今でも俺で遊ぶことは変わらない。
そういうお前だって酔って迎えを強請るなんざまだまだ子どもじゃねーか。なんて、言ってやりたいけれど。
総悟が指定した場所に行くと、人気のない通り沿いの塀に腰を下ろした総悟が居た。やはり相当酔っているようで、街灯の明かりでも分かるほど目元に赤みを差しニコニコと笑顔を振りまいている。俺が居ない所でやめてくれないかな、と俺は苦々しく思う。だって面白くない。
「ほら、通常出勤で仕事が忙しい上司様が、非番で酔っぱらいの部下を迎えに来てやったぞ」
「御苦労さまです」
「御苦労さま、じゃねーんだよ」
「じゃあお疲れ様?」
「・・・言い御身分だなぁ、おい」
青筋を立てているというのに、総悟は相変わらず陽気に笑っている。相手がそんな様子だから俺の怒りも逸れて、肩すかしをくらって口から出るのはため息ばかりだ。
何がしたいのお前。問えば、酔っ払いは「良いことがあったんです」と弾んだ声を夜に乗せた。
「俺ね、さっき年表を書いたんでさァ」
「年表? なんの?」
「俺自身の年表です」
総悟は足をバタバタと動かして無意味に遊ぶ。嬉しそうな声で言った。
「自分がいつ生まれたのか、から始まって、覚えていることを全部時系列に並べてみやした。そしたら紙が全然足りなくて、書ききれなかったんでさァ。土方さん。俺人生謳歌してるみたいです」
いっぱい飲んで夢心地で。一体何があったのだろうと蓋を開けてみれば、出てきた答えは予想を斜め上に行くものだった。酒を飲みながら自分の年表を書くなんて、やっぱり総悟は変わっている。
けれど総悟の目がまるで宝地図を広げた子どもの様な瞳で、胸中に沸いたのは変わらない無邪気さに対する苦笑だった。そうなんだ、と零れる声が柔らかい。うん、と答える声に幼さが残る。
「じゃあ年表に今日は土方さんが迎えにきてくらた最高の日って書いとけ」
頭でも撫でてやろうかと思ったが、酔っぱらいは足だけではなく頭もゆらゆらと揺らし始めた。危ない動きに手首を掴んでクイッと引っ張ると、総悟はふと動きを止めて、ジッと俺を見る。
夜であっても変わらない青空の瞳が、一心に俺を見る。世の中の汚れなんて何ひとつ知らないような目をして、総悟が無防備に両手を持ち上げ俺へと向けた。甘えた声で言う。
「土方さん、抱っこ」
・・・言われた言葉が、よく分からなかった。
(お前、何? 酒飲むとそんな風になるの?)
俺は両手を伸ばす総悟に疑わしそうな視線を向けた。暫くその状態が続くと、総悟が不満げな声を上げる。
「早く」
「・・・いや、抱きあげたら手を伸ばして首絞めて得来るんじゃねぇかなぁと思ってよ。昔みたいに」
「そんなことしやしたっけ?」
「したした」
まだ武州にいた頃、近藤さんばかりに抱っこをせがむ総悟が、珍しくその手を俺に向けてきたことがあった。その時近藤さんは留守で、コイツもなかなか可愛いとこがあるんだななんて考えて抱きあげてやると、悪魔はその手で俺の首を絞めてきた。ガキとは思えないその力強さに、アレは本気だったんじゃないかと俺は今でも信じている。
被害者より加害者は罪の意識が薄いようで、俺の言葉に総悟はきょとんとして、何それ? と首を傾げた。
「そんなことありやしたっけ? 忘れやした」
「俺は軽くトラウマだよ」
「今度は何もしやせん」
「本当に?」
「本当だって。疑り深ェなァ」
「誰のせいだよ」
お前のことに対して俺が臆病になったのは、十中八九お前のせいだ。
俺は恐る恐る両手を伸ばすと、総悟のわきの下に手を入れた。そのまま持ち上げる。途端にずっしりとした重みが両手に圧し掛かった。いくら筋肉がつきにくい体とはいえ、相手は立派な成人男性だ。対して俺は若くない。情けなく腕がぷるぷると震えた。
「・・・重い」
「すくすくと育ちやしたから」
「そりゃ良いことで」
あまり維持できずそのまま総悟を地面へ降ろそうとすると、白い手がすらりと俺へ伸びてきた。やっぱりかと危惧したそれはしかし首を絞めることなく、俺の頭を柔らかく掻き抱く。同時に足も体に絡ませてひっ付いてきた。
・・・なに? このコアラ状態。
総悟が機嫌よく笑う。
「土方さん。もしかしたら昔の俺はこうしたかったのかもしれやせんよ。でも恥ずかしくて出来なかったんでしょうね」
そう言って総悟が黒い髪に頬を擦り寄せる。俺の中に温かいものがポツンと落ちた。
こうやって何の柵もなく言えるようになったのは、きっとそれだけ月日が経ったから。不器用な俺たちが遠回りをしてちょっとずつ近寄って、ようやくこんな距離まで近づいた。
手を伸ばせば触れられる。近くに居ても自然な距離で、吐き出す言葉に甘さが残る。お互い素直になるのはらしくなくて、でも少しずつ曝け出せるようになった。
日常に溶け込んだ月日を急に実感した。昔出来なかったことが出来るようになった変化を甘受する。そんな存在になれたという事実が、ただただこそばゆかった。
変わらない丸い頭をポンポンと撫でると、パッと総悟が顔を上げる。面白そうに青色の眼が俺を見つめた。
「嬉しかったですかィ?」
コツンと額が当たって、悪戯が成功した子どものように至近距離で総悟が笑う。からかわれたのだと知って、でもそう言う総悟のほうが嬉しそうで、調子にのるなとキスを送る。
成長したと思ったけれど、やっぱりお前、まだまだ子どもだ。
ひぃー! 駄文ー! でしたね。お疲れ様でした。
抱っこ書きたい → 甘いものを書こう → 年月経ったらどことなくふたりとも丸くなったよ、的なことにしよう → そういえば「せかいは回る」も未来の話だな → 既出だ → 年表について掘り下げて書こう → 終わり方が暗くなる → あれ?甘いの書くんじゃなかったっけ? → 本末転倒 → 放りだす
書きながら二転三転して巻き返せず事故を起こした感じです。なので話の流れが悪いですね。すいません、考えなしに書き始めて。。
どうにも説明文が多いっていうか、いまいちに話に入り込めないのは私がまず感情移入して話を書いてないからだろうな、とつくづく思いました。育め妄想力! 鍛えろ集中力! 何回も書いて頑張ります。お目汚し失礼しました。